透視カウンセラーの休日

透視カウンセラーとして5000人以上のカウンセリング経験を元に様々な気ずきや霊的なシェアができたら素敵だと思います。

会う事をためらう人物とは

普段の私はどちらかと言えばフレンドリーに誰とでも会話を楽しみタイプですが

そんな私でも会う事をためらうような人物がいる。

もちろん危険人物を回避したいのは誰でもそうかもしれませんが

そうした意味ではなく霊的に見て神がとてつもないレベルで付いている方がいるもので

そうした方の前ではキチンと正座するなり、まず霊的にも人格的にも失礼がないように

しなくてはならない事になるので大変なのである

その神が強ければ強いほど、その方の裏にある見えないけど素晴らしい部分を

汚す事がないように最新の注意をはらいたくなるようなケースがあるのです。

ただ、そうした神が宿り過ぎておられる方にかぎり以外に自分がそこまで凄いなんて

思いもしない人も多くおられるのが不思議な物です。

とても会いたいですが躊躇するのは

昔インドでサイババに会う前に感じた緊張に少し似ている気がしています。





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星の影響と生命の関係

極めて素人感覚でしかないながらも現在の星の

占星術的要素と個人、個人の感じ方には様々な違いがあるのが少し不思議でしたが

そうした物なのかもしれません。

例えば長年、瞑想をしていたり、マントラを唱えたりしておられる方は苦難な星回りも

割と良い事にできる事も見てきたから星の科学はまだまだ研究が必要な分野かもしれない。

また、魂の性質な好む傾向のある物も星回りだけでは観測が難しい部分があるのかもしれないですが

霊能力と星の科学が必要な時代がかなり先に来るのではないかと予想しています。

やはり運命は25パーセントは選べる部分があるのだと思いますが。

そこにはマインドを自らコントロールするしか方法がなく

それがヨガであったり、祈りであったり、善行を行う事なのではないかと思う次第です。

これからも世界は荒れそうではありますが

なるべく皆さまの心が平和で満たされ穏やかであれますように。





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霊能者につきまとう影

一応は私も霊能者な訳ではあるのですが

言われ慣れても悲しいなと感じる事が多々あるのです。

お会いする人に何故かこう言われます
(霊能者さんってぼろ儲けしてるんでしょ)とか言われますが

まともにおかしな事はしないように普通にすれば別にそれだけ稼げないものだよ

嘘偽りなくお話ししたが、ぜんぜん信じてくれない事もよくある。

またある人々は私の仕事を話すと

急に態度を変えて明らかに嫌なんだなと思うようなそぶりをする人も沢山いる。

私はいつもは普段から人が好きでコミュニケーションも好きなほうなのだけども

こんな事が沢山起こると悲しくなりますね、汗

またある人々はこう思うらしく、この人を味方につけたら得すると思う方もいるのですが

露骨に設け話しをしてきて、私は聞いてみた、どうしたらいい?

人を引き付けてくればいいよ。

嫌ですよみんなもっと深い部分で悩んだりしてるのが現実なんだからと断る。

テレビなんかで占い師や霊能者の扱いは基本的に極めて雑に扱うなんて番組の制作サイドによるけど

酷いもので、普通に生活しておられる大半は霊的なものは良くは見ない現実は以前からありましたし

今更気にしてもしょうがないけれども

占い師や霊能者の扱いは7割良くないものだと思うのがちょうどいいと思う。

だけど、どんな仕事もそうだけども

ひねくれた見方をすれば、どんな仕事についていても

立場にいてもそのように見られる事は誰にでもある事なのですよね。

だからこそ今まで他業種の方と出会えた経験を肯定的に見て私は過ごしたいと願います。

仕方ないのは占いにしても霊的にしても普通に人には分からない世界の問題で

人の心理は沢山見てきましたが

どうしても分からないものが怖いと感じる人もいるし、警戒するべきだと考える方がいて当たり前なのだ。

それでも今までと変わりなく

なるべくまともに仕事していきたいものです回復したら(*^_^*)






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密かに涙した春分

誰にも話さないでいたがここ数か月想う所があり辛い心境で過ごしていた。

ここには書かないですが色々思うのである。

そんな中知人からメールがあり現在聖地におられる知人から

あなたの幸せを聖地から祈りますとの大変ありがたいメールを頂き涙腺が緩んだ。

けして歳のせいではない職業柄知る事があまりに多いほど人は迷う事もある

ある人は、まるで人生を無駄にするかのようにバカな事をし
人を裏切り、霊的な成長もしないでただ、なんとなく生きているがしこたま裕福な方もおられた。

才能があり人格も良く優しい方なのに運に恵まれていない方にお会いした時はなんだか
やりきれない気持ちなども感じていた。

私は普通の世間的な常識の範疇では何も勝ち組ではないので妬まれるような事はないと思いますが。

1つだけ恵まれているとしたら能力や才能ではく

理解してくださる人物に巡り合え運勢かもしれない。

それだけでもどれだけ心救われるか計り知れないほど感謝している。


世の中金だの言い出す人もいるが

自分のありのままの在り方を信じてダメなとこも受け入れ理解してくれる友人は知人、仲間がいる人生は

たぶん、真の意味での負け組でもないのかもしれない。分からないけどね。

密かに思うのはもし彼らが苦難な状況にいたら私が出来る事など知れているけど

救える力が欲しいと思う。

自分にしか分からない苦しみも世の中にはあるけど

たまには疲れたら肩を貸すからと思う。

聖者様や神々はこうした人々の物語をどのように思われるのでしょうか?

せめて私の友人や知人は忍耐強く真面目で賢い、そうした人たちが報われて欲しいものだ。

そのように春の雨に祈る。






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神々への願いに迷う日々

この世界で霊性の探求をしていますと

神々の存在の凄さとゆーか神秘の大きさに私は何がなんだか分からなくなる事がある。

私達、人間は何も知らなくても聖者や神々が普段私達がどんな事を考えて

どのように行動するかまで詳しく知っているものだったりする。

私は普段からなんでもないよう事を神に願ったりしてしまうのですが。

本質的には神の属性も人間も同じような感じが否めないものですから

普段の私はそもそも神々に受け入れられるように生きて行動しているかと考えると

極めて自信がないのである。

それでも愚かな私を助けてくれるのであれば

言葉を神に投げかけたい。

難しい物です神々がいつも喜ばれるように生活するのは、汗

やはり私の霊性も人格もまだまだ、人間臭いレベルなのかなぁと

想う日々でございます。





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