透視カウンセラーの休日

透視カウンセラーとして5000人以上のカウンセリング経験を元に様々な気ずきや霊的なシェアができたら素敵だと思います。

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会う事をためらう人物とは

普段の私はどちらかと言えばフレンドリーに誰とでも会話を楽しみタイプですが

そんな私でも会う事をためらうような人物がいる。

もちろん危険人物を回避したいのは誰でもそうかもしれませんが

そうした意味ではなく霊的に見て神がとてつもないレベルで付いている方がいるもので

そうした方の前ではキチンと正座するなり、まず霊的にも人格的にも失礼がないように

しなくてはならない事になるので大変なのである

その神が強ければ強いほど、その方の裏にある見えないけど素晴らしい部分を

汚す事がないように最新の注意をはらいたくなるようなケースがあるのです。

ただ、そうした神が宿り過ぎておられる方にかぎり以外に自分がそこまで凄いなんて

思いもしない人も多くおられるのが不思議な物です。

とても会いたいですが躊躇するのは

昔インドでサイババに会う前に感じた緊張に少し似ている気がしています。





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透視能力とカウンセリングを抱き合わせる訳

私が透視能力を使い個人的な事を何か言い当てるようにしても

当初始めた頃は皆さん、難しそうな気持ちになって帰る方が多くおられました、汗

よく考えたら当り前の事が抜け落ちていたなと今は毎回想います。

人間は高度に成長した生命であり

心があり、潜在意識下に、色々な気持ちがあるものです。

個人個人には、過去の経験などもあるし

不安もあれば恐怖もある心配もある、そうした気持ちが

いろんな要素で心の奥に隠されるように存在している事が多くあり

本人には気がつかない部分もあるものです。

それらを補うには背景を上手に心を合わせ呼吸を合わせるように

信頼関係を繋ぎながらカウンセリングを行う事で

分かる事は問題解決のヒントが得られますから

カウンセリングや心理学より深い洞察もまた必要だったのです。

そうした理由で、現在の形があるのですが

私自身、皆さんと同じくいろんな事で混乱したりもしますから、汗

誠実や真心を忘却してはいけない部分もまたあるのですよね

何故なら、個人の経験は何物にも分かるとは限らないほどの多様性に満ちています。

だからこそなかなか難しく個人個人に対する尊意を持つ事が必要があるのですが

分かり安く言えば、悪い癖がある恋人がいたとします

みんな別れればいいと普通に相談すればそう言いますが。

それでも実は心の奥にまだ消化しきれていない感情が隠されている事があると

まだ今は動けない時期やタイミングも別れにもまた存在しているのです。

これからもそうした奥底の心も声を聞けるようにいられたら

いいなーと思いながらも自分もまた不安定な時期があるので

いやはや大変ですね(*^_^*)


風至





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ドリームノートの書き直し

もう10年前から

自分がどのようになりたいのか?

ノートに書いてきましたが、そのようになった事もあれば、そうならない事もありました。

私の年齢で言えば夢を語るのは笑われてしまう事なのかもしれない、

何故なら日本の社会モデルでは、安定的な概念が未だに根強くあり、こうでなくてはならいとか。

こうあるべき。

そうした精神は確かにあるし、それは良い物でもある反面、

アメリカやヨーロッパのように広い目線ではないなと以前から感じていました、

自分の夢は自分と人が幸せになる方法を見つけてシェアする事や、

何かそうした神性で、愛のある事でありたいと思いノートを書き変えています(*^_^*)

どこまでいけるのか?
分からない、だけど入口は見つけたから、頑張ろう(*^_^*)

恐らくは聖者や賢者の足跡にたどり着く可能性もあるのではないか?

などと考えています。

風至




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リーディグを受けて本当に良かった事と戦いの影

古野さんのリーディグを受けて、雑談もしながら、

素直になり自分の思う質問をしたりして、ふむふむと聞いていた時、

古野さんはクリアなエネルギー状態で、ふっと呼吸をするほど自然に、

「風至さん実は負けず嫌いですね、とても」あっ、、、、、、

、まさにズバリそうでした、汗

男性であればみんな本能的にあるかもしれないですが、汗

そう、私の欠点は負けず嫌いな事で負けると、
肉を切らせて骨を絶つほど負けず嫌いな自分が影のように隠れていて自分を見ていなかったと感じていた。

ハートにすんなり超負けず嫌いな事を認め、

「なんて無意味な戦いの意識が心の影にあった事に気がついて」

本気で思う「もう負けていいのだし、そもそも勝ちも負けも広い世界ではいつでも起こる事を気にするのは辞めようと」

もう格闘技もする事もないだろうし、

とにかく戦う事は私の人生には実は向いていないので、

そんな心はもういいかげん捨てないとなと素直に感じていた。

そんなパワーゲームを無意識にしていたのはショックすら感じましたが、

いい機会になりましたので、

あっさり勝ちや負けの価値観を捨てて生きようと思います(*^_^*)

それよりやはり愛や親切が心地いいですもんね(*^_^*)

古野さんいいタイミングで良いメッセージありがとうございます

オチですが

お恥ずかしいのですが、汗

学生の時などケンカになってしまった時など自分より体格がいいとか、
明らかに自分より強くても、どれだけ叩かれても、
引いたら負けとばかりに、ある意味負けない為なら歯が無くなるまで殴られてもよいと考えていた、
アホな自分を思い出していた、汗

今思えば、おバカな思考回路です、汗

本当に戦うのは恐らく他者ではなく、そうした弱い自分の愚かしい部分と向き合い調和する事でした。

いやー良い意味でスパンを心に入るとは古野さんさすがです、

言葉は同じように使うとしても、

良いエネルギー状態とそうでない時はまるで違う事は私は現場で学んでいたので、

自分はこんな仕事に似た事していたとゆー感覚も得られて感謝してます(*^_^*)

ありがとうございました(*^_^*)


風至





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2度目のサイババに出会う旅パート3

サイババに渡したい手紙があったのは、

当時、Yと2人が共通して苦しい境遇にあってそれを改善したい問題でもあった。

しかし、

書いて何度もこう思う、みんなも同じように苦しんでいるのに私がこれを書いていいのだろうか?

ついに手紙が嫌になり、ぐちゃぐちゃに丸めて投げ捨てた、

これでスワミにエゴに満ち溢れた手紙を渡さないで済むのだと思ったが、

手紙がぺットボトルの先端に当たりYの手の中にスポッと収まる。

狙ってできる事ではない、汗

Y「捨てていいのね」

風至「ああ、そうして欲しい」

翌日のダルシャンでは、こう決意するサイババだけに集中するんだ。

朝から並んだがサイババは近くを移動する事はなかったが、

満足した気分で足取りも軽く会場から歩いて帰る、途中、

Yが駆け寄ってきて、「手紙渡しといたよ」

風至「えっ?捨てたんじゃ?どうやって?」

Y「前の列の女性が沢山手紙をもっていたから、お願いしてみたら受け取られたの」

風至「・・・・涙が込み上げて来て何も言えない、慈悲を頂いた思いだった」

Yの病を治して欲しいと書いた手紙だった。

そうして安心して眠りにつけたが、

翌日、私はホテルの出口にいたYを見て、

突然、未来が理解出来た衝撃にかられたのだった。

「Yとはいずれ別れが来るかパートナー以上には慣れない存在だと悟る」

Yは私の落ち込み方を見て、

どうしたのと語るが、上の空で、

初めから決まった悲しい結末を見る気分が人間をどんな気分にさせるのか思いしらされた。

その時何より自分の能力を恨んだ事はなかった。


次回パート4




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