透視カウンセラーの休日

透視カウンセラーとして5000人以上のカウンセリング経験を元に様々な気ずきや霊的なシェアができたら素敵だと思います。

依存性と執着、愛着と愛情が曖昧な時代で

私はこの仕事を8年している訳ですが、

この時代を見て来てどこまでが、依存心、なのか、幼児性なのか?

未だに理解できない事もよくあります、

まず、人間ですから根源的な欲があるのは事実で、

食欲、性欲、睡眠欲、どれもいけない物と定義はしていないのですが、

様々な多様意識がそれは悪だと語る者も多くある。

人間は少なからずとも、何かに愛着があり、
それは、私にとって極めて普通な事だった。

しかし
色々な場面を経験して、事実、いろんな物を現場で見てきて、

思うのは、依存と愛が曖昧になっている現実だった。

Aさんは語る、「仕事をバリバリして毎日側にいてくれるような、彼氏でわがままを聞いてくれる彼が欲しいと」

気持ちだけは理解できるが、

そうなれば、彼は肉体的に衰弱して病になるレベルのわがままだ、それを愛だと呼ぶ、汗

Bさんは語る、「彼女にするなら、美しく、料理ができて、3歩下がりついて来て、口答えしない女性が良く
痩せていないとダメだと語る」それが愛だと語る。

どちらの意見も気持ちは分からない訳ではないのですが、

そうなればパートナーはストレスフルになるだろうと想う。

理想が低い、私にしてみれば

凄まじい、要求だなーと別の意味で感心してしまう事もしばしばある。

サイババの教えを良く読んでその深き意味を探求した私にしてみたら、

それほど、期待せず。

依存もあまりしないで、自分が今出来得るであろう良い事をすれば
それでいいのではないかと思いながら、

色々、受け止めて、受け流すのが一番楽だったが。

オチとして身がってな人だと言われる覚悟もするしかないだろう?
なんて考えていた。

ただ、いつも思うのは
依存、執着、怒り、嫉み、そうした属性が人を幸せにする事はほぼ有り得ないので、

日本のことわざでの
「なにごともほどほどにを心がけている」

のですが、病んでる時代ではそうもいかないのでしょうか、汗

有線で「私が死にたいのは靴ひもがほどけたからーなんて歌詞が流れてきてて」

なんじゃこりゃ?

誰の歌か知らないけど、これが「有りな時代はどうかしてるな正常に感じていた」



風至


透視カウンセラー風至のホームページ







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